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「50メートル走 パパは僕より速かった」、「運動する小学生 親世代より激減
男子5割女子3割」、「子どもも大人も運動不足」。これらは今年の体育の日の新聞の見出しです。ここ十数年、毎年子どもたちの体力低下が指摘され続け、現代の子どもの体力は、親が子どもの時より劣っているという指摘です。現代の子どもの身長・体重は確実に大きくなってきていますので、身体の大きさに見合った機能が発達していないということです。「生きる力」の育成が求められている昨今、子どもたちの健康・体力の維持増進は、まさに生きる力の育成の基礎となる大切な能力のはずですが、慢性的な「運動不足少年」が増加しています。
また、その対極にあたるスポーツ活動のやり過ぎのためスポーツ障害を起こしたり、やる気が燃え尽きてしまう、いわゆる「スポーツやり過ぎ少年」も近年増加しています。近年の地域での少年スポーツ活動の活性化は好ましいことですが、「スポーツやり過ぎ少年」の増加は、生涯にわたるスポーツ活動の実践という面からは大きな問題です。最近の大学生が体育会スポーツから遠ざかるのも、高校までのスポーツのやり過ぎが一因でしょうか。スポーツでは勝つことも大事ですが、勝利至上主義の裏でスポーツを楽しむことを忘れさせてはいないでしょうか。
今回のテーマは、このような両極端な「運動不足少年」と「スポーツやり過ぎ少年」の増加について取り上げます。
このような体力の二極化現象に共通することは、子どもの発育・発達に応じた適正な運動刺激が与えられていないことと、近年の子どもたちのライフスタイルの大きな変容があります。
「運動不足少年」のライフスタイルの特徴は、西欧型先進国型都市型文化生活型への変容です。身体を動かさないし動かせないという運動不足、いつでもどこでも食べ物が手に入るという過食・摂食栄養素のバランスの乱れ、夜型の生活リズムになりやすい不健康な生活習慣、それに受験・進路等によるストレスの増加等・・・。ご存知のように、子どもは大人を小さくしたものではありません。身体の諸機能は成長過程にあるのです。子どもが持っている潜在的能力をフルに発揮するためには、成長過程に応じた適正な刺激が与えられることが重要です。このことを『運動の適時性』と言います。「運動不足少年」は文字通り運動の絶対量が不足しているのです。
「スポーツやり過ぎ少年」の問題も基本的には運動不足少年と同じで、子どもの成長を考慮した運動刺激が与えられていないということです。「運動不足少年」とは逆に、運動刺激が強すぎるし多すぎるのです。長時間の練習、早期の種目の専門化、勝利至上主義、心理的ゆとりが少ない、組織だった一貫指導体制がとりにくい等・・・。指導者、家族等大人が考え配慮しなければならない問題です。ジュニア期のスポーツの原則は成長・発達を促進するものでなければならないということです。生涯スポーツの基礎づくりとして、スポーツの楽しさを子どもの頃に身体で知ることが大切です。そのために指導者は、発育期のスポーツの外傷や障害の特性や、青年期のこころの問題について理解し、燃え付き症候を予防することが重要です。
最後に、前述しました『運動の適時性』について述べます。適時性とは、小学校時代は神経系が著しく発達しますので、いろいろな運動をさせ、基本的な動きを習得することが大切です。そして中学校では身長の増加に見られるように身体の発育が著しい時ですので、持久的運動を負荷する必要があります。高校になりますと、身体の成長も完成に近づき筋系も発達してきますので、筋力増強等の無酸素運動も導入します。そして大学生になりますと身体も完成しますので、運動の質量とも高いスポーツ活動を楽しむことができます。このように成長過程に応じた運動刺激を与えることが適時性です。是非この『運動の適時性』を理解して適正な運動を与え、「運動不足少年」、「スポーツやり過ぎ少年」の増加という子どもの体力の二極化を克服し、子どもたちに生涯にわたる運動実践習慣を身につけてもらいたいものです。
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文/平川 和文(Kazufumi
HIRAKAWA) 神戸大学発達科学部教授
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