昨年の東京国際女子マラソンで、高橋尚子選手が後半の予想外の失速で負けました。大番狂わせです。トレーニングであそこまで身体をしぼりあげて臨んでいたのに・・・。
原因はいろいろ言われていますが、いわゆるガス欠、エネルギー切れが原因かと言われています。コンディショニングの難しさを象徴する結果ですね。選手は当然ながら、一般の市民ランナーにとっても記録は気になるものです。今回は一般の市民ランナーが遭遇する記録を左右する要因を、ホノルルマラソンの経験からお話します。

 ホノルルマラソンには一万人を越すランナーが参加します。まだ暗い中、大砲の号砲とともにスタートします。スタートは申告記録が遅いほど後ろからとなり、遅いランナーは走り出すまで十数分かかります。 ここでまずタイムをロスします。走り出すと、今までわいわいがやがやしていたランナーが静かになります。これから数時間の自分との戦いだという感じが伝わってきます。しばらくすると、コース外で多くのランナーの列を見かけます。トイレ待ちの行列です。 主催者は多くの仮設トイレを準備していますが、参加者が多すぎて足りません。ここでもタイムをロスします。レース前にトイレを済ましておくことをお奨めします。つぎにダイヤモンドヘッドに向かっての細い道で渋滞が起こります。勿論ランナーの渋滞です。 どうしようもありません。渋滞の中で歩いたり走ったりしていると、早くもトップ集団が反対側をゴールに向かって突っ走っていきます。何と早いことと、トップレベルの選手のフィジカルに驚きます。しばらくすると朝も明け、まぶしいばかりの海と山を背景に、ホノルルマラソンの魅力を満喫しつつ走り続けます。多くのランナーは快調に走っていますが、所々でコースサイドに座って靴を脱ぎ足をさすっているランナーを見かけます。靴が合っていないのです。 新しい靴を履いて靴擦れをおこし、走れなくなっています。初心者が起こしやすい失敗です。これでタイムロスするばかりでなく、以後歩くことになります。

何とか折り返し近くまで来ると、だんだん脚の筋肉が痛くなってきます。そして思うように足が動かなくなります。比較して恐れ多いですが、高橋尚子選手もこのような状態ではなかったでしょうか。筋中のエネルギー源が無くなってきたのです。一般に、トレーニングを積んでいない人は、脚筋中に約20km程度走行できる程度の筋グリコーゲン量しか持ってません。だから初心者はこの辺でエネルギー切れを起こしてしまいます。長距離選手は、日頃の鍛練により42.195kmを走りきる筋グリコーゲンを蓄えており、その上でスピードあげるための酸素摂取能力を高めているのです。

ホノルルマラソンの素晴らしいところは、地域の住民のボランティア活動です。自宅前のコースで水とか果物とかキャンデーを配ってくれます。エネルギー補給です。しかし、我々のような遅いランナーが通過するころはもうありません。路上に果物の皮がちらばっているだけです。やはり速くならなければと実感します。オフィシャルの水とかスポーツドリンクしかとれません。是非各自でエネルギー補給サプリメントを用意しておくことをお奨めします。

そうこうしている内に、物凄い眠気に襲われてきます。血糖値の低下です。歩きながら眠ってしまう感じです。気力との勝負です。私の経験ではこの辺が最も苦しいところです。足の裏、膝、太股も痛くて思うように動きません。気力を振り絞って走ろうとするのですが、足の筋肉がつりだし、止まる・歩く・走るを繰り返します。ゴールが見えてきます。やはり感激です。ゴール付近には多くの人が応援してくれています。足は痛いですがそんな素振りも見せず、笑顔で元気にゴール!終わった、と言うのが本音です。仲間が待つ場所まで足を引きずりながら、自分の足を褒めてやりたいと心でつぶやきます。

スポーツの記録を左右する要因は多くあります。高橋尚子選手のガス欠はその一つに過ぎません。次回は疲労とスポーツについて考えて見たいと思います。さて、高橋尚子選手はどうに立て直してくるでしょうか。

 

文/平川 和文(Kazufumi HIRAKAWA) 神戸大学発達科学部教授
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