「お手本となるようなテニス
    (2000世界スーパージュニアテニス選手権大会を終えて)

 
 10月15日に行なわれた男女シングルスを観戦した人は、とても楽しめたことだろう。逆転につぐ逆転のエキサイティングなゲームであったからである。少女シングルスで試合の明暗を分けたのはメンタル的な要素であった。少年シングルスでは自分のプレイスタイルを貫き戦うファイティングスピリッツのぶつかり合いであった。どちらにも言えることはテニス好きには格好のお手本となる好ゲームであったことである。

  秋晴れの空の下、先に行なわれたのは少女シングルス決勝。第2シードでチェコのレナータ・ヴォラコヴァ(17歳・世界ジュニアランク7位)と第6シードでユーゴスラビアのイェレナ・ヤンコヴィッチ(15歳・世界ジュニアランク45位)の対戦であった。ランキングでも年齢でも格上のヴォラコヴァに対して第1セットを3−0から6ゲーム連取の3−6でヤンコヴィッチが取った。要所要所でするどい球がコートの角にビシビシ決まり調子に乗っていった。対してヴォラコヴァはミートが外れた「当たりが悪い」ショットが続き実力を発揮できずに苦しんでいた。
第2セットに入って、それまで精彩を欠き我慢の続いたヴォラコヴァにも復調の兆しが見えてきた。彼女本来のジャストミートされた力強いボールが返るようになり試合の流れが互角に戻った。第2ゲームも一時2−4とリードし楽勝ムードすらあったヤンコヴィッチは息を吹き返したヴォラコヴァに慌て逃げ切ろうと勝負を急ぎだした。荒っぽいゲームの組み立てになったのが観ていて分かった。決まっていたショットがことごとく拾われ、自らネットやアウトするミスショットが増えていった。ついにヴォラコヴァのサービスの第7ゲームから4ゲーム連取の逆転でこのセットをヴォラコヴァが6−4で取りイーブンになった。しかし二人のメンタル面はイーブンではなかった。第3セットに入って集中力が切れてしまったヤンコヴィッチはミスをするとレフェリーに文句をつけたり、コートに座り込んだりと悪態を付き見苦しい態度になった。結果6−2と圧倒的な展開になってしまった。我慢し落ち着いて自分のテニスを取り戻したヴォラコヴァに勝利の女神は微笑んだ。試合後のインタビューでヤンコヴィッチは「来年、成長した私を見せに大阪にくるわ」とすこし悔しそうに語った。ヴォラコヴァは前日行なわれた少女ダブルスとの二冠達成。杉山 愛以来9年ぶり6人目の快挙であった。
 

  続いて少年シングルス決勝は順当に第1シードでスウェーデンのヨアヒム・ヨハンソン(18歳・世界ジュニアランク4位)と第2シードで台湾の慮 彦勲(17歳・世界ジュニアランク10位)の戦いになった。前回大会で少年シングルス準優勝しているヨハンソンは1m97の長身から繰り出される強烈なサーブはこの日も24本のエースを叩き出した。(ちなみに慮は8本であった。)一方、慮は手足の長い相手に対して身体の正面に打ち返す作戦や高速サーブに対しては狙いすましたリターンエースといった具合に優れた戦略で試合の主導権を操作していった。まさしく剛VS柔のテニスの教材と言えるようなゲームとなった。 第1セット6−7(0)で慮が、第2セットは7−6(3)でヨハンソンが取った。むかえた第3セットも第2ゲームがブレイクで、他はすべてキープゲームの緊迫したゲームであったが、辛くもヨハンソンが6−3で取り、チャンピオンに輝いた。この試合を通じてブレイクゲームは合わせて3回しかなく、お互いが自身の持ち味を十二分に発揮した戦いであったと思う。
 

  このようなスーパージュニア達のテニスを観て何を感じることができるか。「ITF世界ジュニアサーキットツアーは大人のサーキットのミニチュアでは決してない。」と佐藤政廣大会ディレクターは言う。その意味が少し分かった大会であった。何もテニス観戦でお手本とすべきは技術的なことだけではないということである。選手はテニスを通じての自己確立や創意工夫の精神面を育み、試合の場でしのぎを削る。モチベーションは母国の名誉や賞金のためではないのだから。 このような大会はもっと注目されていいのではないかと思う。今年見逃した方は来年、是非ライブで観戦してほしいものである。
 
   
   
   
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