新春懇話会 古市忠夫氏 講演

   

演題 「プロゴルファーは消防団員」

震災がなかったら、私は100パーセントプロゴルファーの道を選ばなかったでしょう。ゴルフが好きで好きでたまらないただのカメラ屋のおっちゃんが、震災に合ってから写真屋をやめ、なぜプロゴルファーになったのか、またなれたのかをお話したいと思います。  まず震災の話をしますが、震災の前に行政、地域あるいは個人がしておかなければならないことの話をします。

 行政がするべくことは、今回の震災で反省材料はたくさんありますが、一番大事なものは水です。もし水があればあそこまで火災が広がらなかったでしょうし、避難所のトイレもあれだけ汚くなかったでしょう。水の大切さを改めて思い知らされました。また、助かったものの、高齢者の方が孤独死でたくさん亡くなりました。私たち被災者はこの問題を発信し、「生活改善支援法案」が立法化されました。

 地域がなすべきことは、自主防災組織を作ることです。私はまず地域で遊ぼうと言います。いろんな遊びの中から自主防災組織につなげていけば、素晴らしい組織ができると思います。生命以外のすべての財産を失い価値観が変わりました。大事なものは人を思いやる心・いたわる心・感謝・友情・積極性・勇気であり、自分は生かされている、支えられていると言う気持ちを持ちました。その時、コミュニティの大切さをすごく感じました。 だから、私は今、町内会長、消防団員として災害に強い町、人にやさしい町づくりを一生懸命やっているのです。

 個人が震災前にしておくことは心だと思います。頑強な心、何事にも屈しない不動・不屈の心を培っておかなければいけません。また、友情・友人をたくさん作っておくこと。私は友達に支えられ、友情のありがたさをいやと言うほど感じました。
 頑強な心を作ること、友情を大切にすることの大切さを、私は震災前にゴルフで学びました。ゴルフは心の格闘技だという信念を持っています。心を鍛えるという「心」は何でしょう。私は震災前には勘違いをしていました。
 何事にも屈せず、積極的に頑張ることが、その「心」と思っていました。どんなことがあっても根をあげないで練習をする、体力を鍛える、そういう心が「心」だと思っていました。また、その心を鍛えてきました。


   

 私は、99年に1回目のプロテストを受けました。2000人の若者が集まってきましたが、「お前は通る、お前は滑る」とピタッと当てました。1メートルのパッティングをはずした時に通るか滑るかわかります。私は、予備テスト、地区テスト、一次テストまで進みましたが、1打差で落ちました。帰りの電車の中で、「こんなアンラッキーは30年近くゴルフをやって初めてや、今度はラッキーが来るぞ」と思いました。

 2回目のプロテストは、瀬戸内海ゴルフで受けました。2次テストまでいきましたが大変です。集まってくるレベルも高いし、合格する人数も少ないのです。しかも、7月末の時期で、4ラウンドぶっ続けは年寄りには過酷です。それが、やってみないとわかりません。これに通りました。

 1メートルのパッティングを外したときの動作ですが、滑る子は片手で入れ、うなだれて歩いていく。通る子は、「すみません。お先です。」と言って、スッと歩いていく。この2つの動作がなぜできないのか。「お先です。」と声をかける動作には感謝があります。スッと歩く動作には積極性があります。若い子は積極性だけでゴルフをしている。これでは勝てません。
 積極性だけでゴルフをしたらダメです。積極的に頑張れる、そのことへの感謝がなければダメです。頑張るには、健康であって、家族の支えがあって、親友の支えがあって、関係者の後押しがあるから私は頑張れます。震災後、私はゴルフ場に行って、まず、「今日はよろしくお願いします。」と礼を言い、終われば、「ありがとうございました。」と言います。震災前は、そんな気持ちではありませんでした。


   

 埼玉の大宮で講演の依頼がありましたが、講演後、その会社の所長さんと食事をした時に、その方が、「実は私、癌なんです。癌になって見えないものが見える。聞こえないものが聞こえる。感じられないものが感じられるようになった。」と言われ、癌に向かって「ありがとう。」と合掌できたということを聞いてびっくりしました。これが真の勇気だと思っています。

 ここに1通の絵手紙があります。熊本で農業を営む方です。事故で義手となって絵手紙で生計を立てておられるのです。「人は壁にぶつかると強くなると思っていたが、私はぶつかる度にやさしくなれた気がします。それがうれしい。ありがたい。」と言っておられるのですよ。先ほどの方と同じで、これが真の勇気ですよね。

真の勇気。

前向きに、何事にもくじけないで頑張る人が勇気ある人と思っていましたが、本当に勇気のある人は、頑張れることへのあたたかい感謝の気持ちを持っている人だと思います。私は、真の勇者になりたいと思っています。

 オリンピックの選手は頑張ったから金メダルを取れたとは考えていません。私は頑張ったからプロゴルファーになれたとは考えていません。金メダルをとった人は銀・銅を取った人よりも頑張れることへの感謝の気持ちがあったからではないでしょうか。積極的ではなしに、積極的に頑張れることへの感謝、これが勇気なんです。


   

 私は、才能と努力とは思いません。大事なのはその前の考え方です。積極的、頑張れること、そしてそのことへの感謝があるということです。 私は、震災後に価値観が変わって、勇気について考えました。私は毎日が多忙で、本の出版、NHKへの出演、講演、プロゴルファーと4つことを何でできるのでしょうか。私のしていることは町づくりであって、気がついたら4つのことがスッとできている。これは才能や努力ではありません。

 これは本の受け売りですが、運命には2つあり、一つは変えられない運命、これを天命と言います。変えられる運命を宿命と言い、宿命を変えることを立命と言います。宿命を変えるには徳を積むことだと言います。私は、自分のやっていることは、町づくりはもちろん、区画整理は反対も多く大変でしたが、家も店もなく収入もない、こんな時やから正直に生き、悔いのないように生きようと、徳を積むことをやってきました。

 中田慶史郎君とプロテストで行動を共にしました。3日目に、私は3オーバー、彼は7オーバーです。彼は私に明日はどのようなプレーをしたらいいか教えてくれと相談をもち掛けてきました。私は、「お前は今通ると思っているやろ。そのしがみついている手を放せ。」「午前中は木の中に落ちたら、打つ前にボールに謝り、それから確率を見て打て。」と言いました。2人は受かり、慶史郎は古市さんの言葉で通ったと泣いて喜びましたが、これは彼が私の言葉を受け入れる柔軟な心があったからだと思います。


   

 私は、震災後すごく落ち込んでいました。平成7年2月の末にラジオを聞いていると、NHKで大学の先生が素晴らしいことをおっしゃいました。「金銭を失うこととは小さなことを失うことである。信頼を失うことは大きなことを失うことである。しかし、勇気を失うことは全てを失うことである。」と。

 積極的な気持ち、感謝の気持ち、すなわち大きな大きな勇気をもって頑張りましょう。


   

【プロフィール】古市忠夫 プロゴルファー
1940年 9月22日 兵庫県生まれ。立命館大学卒。
震災前までは、神戸市長田区鷹取商店街、自宅兼店舗「東洋カメラ」店主。1970年より地元の消防団、長田区消防団第7分団に所属しながらボランティアで地域に貢献する。阪神大震災で家財を一切失う。
以後地区の復興に奔走し、一人暮らしのお年寄りが集う「ふれあい喫茶」、地域住民との親交を温めるボランティアを続けながら、プロテストに挑戦。2000年9月に、プロゴルファーとなる。




 
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