井村雅代氏 講演
演題 「世界の頂点を目指し続けて」
アテネオリンピック、シドニーオリンピック両大会での、日本での最終合宿のほとんどを大阪で行いました。
選手達はみんな大阪が大好きだと言います。なみはやドームで最終合宿を行ったのですが、大阪の方は、練習をしている場所では全員が遠回りをして、私達の集中力を欠かさないように努力して下さいました。そういった協力には本当に頭が下がる思いがします。大阪こそ本当のスポーツ強化の意味をご存知な場所ではないかと思います。ありがとうございました。アテネオリンピックから月日は経ちましたが、選手が泳いでいる時に私がどんな気持ちで見ていたのか、どういう雰囲気の中で私がどういう声を掛け選手たちを送り出したのか、私はまだ生々しく覚えています。
私が何を見た時にアテネオリンピックから月日が経ったと感じるかと言いますと、まず選手の体型です。一生懸命身体を鍛えても、一週間トレーニングをしなかったら筋肉が落ちてきます。選手たちに言わせると、上半身はワンサイズ小さくなったと言っています。引退したある選手からもらった手紙の中に、「地上での生活にやっと慣れました。足の裏ってこんなに固くなるのですね。」と書いてありました。シンクロの選手は水の中の練習が長く地上生活が短いので重力に非常に弱く、歩いたり走ったりする事が苦手で、彼女たちの足の裏はすごく柔らかいのです。足の裏もまた月日の経過を感じさせます。
シンクロの選手は普通の合宿の時でも少ない時で8時間、多い時で13時間くらい練習をするのですが、なぜそれだけ練習できるのかというと、無重力の競技だからです。芸術性種目ですから、スキルを上げる事にプラス演じるための事を沢山しなければいけません。そしてシンクロナイズドスイミングですから、曲とシンクロする、泳者同士がシンクロする、と沢山することがあるのです。彼女たちは、なみはやドームで朝の8時半から練習を始めて、夜の9時にプールを出る事なんていつもという生活です。シンクロ競技は食べなければいけない種目と思われていますが、それだけ練習時間が長いのです。3mの深さでずっと立ち泳ぎをしているのですからものすごく消費カロリーが多くて、一日に大量の食べ物を採らなかったら、大体1日に1.5kgから2kg痩せていきます。技術というものは体重や体型によって手の位置やポジションが決まっていますから、簡単に痩せられたらたら折角決めたテクニックがバラバラになってしまいます。彼女たちが1日に食べる量は大体5100キロカロリーです。私は選手たちに、練習と同じくらい食べることは大切だ、選手の間はおいしく食べようという根性は捨てなさいと言っています。ですから、現役を引退して彼女たちの1番うれしい事は、厳しい練習から解放される事と思われるかもしれませんが、実はそうではなくて、食べたくない時に食べなくていい事が実に幸せだそうです。彼女たちの体重が減ったのを見ると、オリンピックは過去の事だなと感じます。
「シンクロの選手にはどんな才能が必要ですか」と聞かれるのですが、1番どうでもいい才能はというと顔なんです。「シンクロはメイクをして綺麗な水着を着るので、かわいい選手を揃えているのですか」と言われますが、こんなものはどうでもいいのです。顔はパーツさえ付いていれば良い。なぜかというと顔は心を反映するのです。メダリストの顔は男性も女性もみんな輝いていますよね。
1番大切なのはやはり心の才能なのです。心の才能とは何かと言いますと、まず自分にできない事が目の前に現れた時、自分が挑戦しなければいけない課題が来た時に、最初からこれは出来ない、難しそう、とか拒否しないで面白そうだと思ってやる事、好奇心旺盛である事です。立花・武田は実に心の才能の豊かな選手でした。シドニーオリンピックが終わってから、私達は世界一になりたくて2年間デュエットに専念しました。デュエットでは彼女たちに色んな事をやらせました。やる内容に関してはほとんど99%私が決めてしまうのですが、やった事のない事を目の前に出しても、彼女たちは拒否は絶対しません。一瞬止まりますが、次に言う事は、「それ、面白そう。」と言うのです。
ところが、色んなジャンルの事をやりますから、やってみたらそんなにうまくいかないのです。自分の不甲斐なさというか、自分の運動神経のどんくささに情けなくなって、彼女たちは泣いてはいませんが、涙を流しながらやっています。私は涙を流すのはいいが、泣くのはエネルギーを使うからやめなさいと言っています。彼女たちは、今まで出来なかった見た事のないものを出来るようになる、その自分のゴールの姿を想像して、自分が変わる事を楽しみにしています。そういうように考える、それができる事が、心の才能があるという事です。努力して出来なかったときに「自分には才能がないんだ。むいていないんだ。」という言葉で片付けずに、「自分は努力の仕方が足りないんだ」と考えられる事が心の才能のある選手なのです。
心の才能以外に立花には何があるかと言いますと、世界一を誇れる脚線美がある事です。彼女の足は世界一美しい。シンクロのために必要な素晴らしいカーブをしているのです。武田の方は心の才能プラス日本のシンクロ界ではトップと言うくらい、音取りが良いのです。そういう才能があるから彼女たちはオリンピックまで行けたのですが、立花ほどよく練習する選手はいません。自分はどんくさいから、自分に出来る事は努力以外にない、努力しなければ私ではないと言っています。立花は日本選手権を10連覇したのですが、日本一の選手が日本一の練習量をするのです。彼女はアテネオリンピックをもって引退しましたが、彼女が現役でいる限り採点競技では誰も彼女を抜けなかったと思います。
私は心の才能がある選手が大切だと思うし、心の才能がないのに他の運動神経がいいとかそういう選手は別にコーチとして面白くないと思います。心の才能以外の才能の固まりの選手を相手にして快感はないですよね。
私が指導をする時に、何を1番根底に持っているかと言いますと、人間は誰しも変われる、変わる可能性があるということが根底にあります。この選手は変わらないんだと思いながら注意してもその言葉はすごくさみしいし、その言葉にエネルギーも何もありません。私の好きな言葉に「本気で本物を教える」という言葉があります。そして、絶対に選手だって変わりたいんだ、よくなりたいんだというその根本を忘れない事です。
練習したプロセスに価値があって、結果はどうでもいいというコーチもいますが、チャンピオンスポーツは勝ってこそプロセスに価値が出るのです。そして結果を得る事によって、今までやってきた日々は価値があったんだと彼女たちに思わせたいのです。無駄な時間を先生と過ごしたなんて言われたくない。だって私も人生の大切な時間を選手と一緒に過ごしているんですから。私は日々の練習で選手に好かれようなんてまったく思っていません。だけど、その目指す大会が終わったときに、選手たちに達成感を味あわせてやる。そして「離れたいと思った事もあるけど、先生について行ってよかった。」とその言葉を絶対言わせてやろうと思って取り組んできました。
私は27年間、日本のナショナルコーチとして世界と戦ってきたのですが、世界一を目指したのはここ4年間くらいです。それ以外はメダルを目指してやってきたと思います。1999年の韓国のワールドカップの時にロシアの練習を見たのですが、選手の手足が長い、どうにかしてこの手足の長いロシアの選手に勝つ方法はないのかと考えていると、見ているうちにロシアの選手はラスト近くになればその長い手足がブラブラするのです。気を付けて日本の選手を見たら全然ぶらぶらしていない、しっかりしている。日本の選手は短い手足だけど、使いようによっては長所になる。短所を長所にしてやろうと思いました。
シンクロのチームの演技は4分間ですが、4分間泳がすためには、大体5分から5分半のロングバージョンを作って、それに1人2kgぐらいのウェイトベルトを着けて泳がすのです。それを毎日毎日やって、後半になっても絶対にバテない選手を作り上げていきました。それをマスコミの方が「スポーツシンクロ」と名前を付けて下さったのですが、あの発想の最初は、「短所イコール長所」という発想から出ています。コーチは自分の選手はつまらなく見えます。全部揃っている選手なんかいません。欠点を良くしていく、良いものはそのまま大切にしていく、欠点を補う方法があると考えるか、ないと考えるか、その違いだと思うんです。私は欠点を補う方法は必ずあると思っていました。シンクロの世界で、手足が短い事は悪い事と言ったら、悪い事とは思わないのです。でも、手足が短く見える、この事は悪い事だと思いました。手足が短く見えなかったらいいんです。身体は使いようじゃないですか。
私のモットーとして、「人の選手は羨まない」というのがあり、選手を自分の必要とする人材に育てていこうと思っています。そしてロシアに勝とうと思うと、ロシアは世界一ですから、私たちも世界一を目指す。銀メダルは狙うものではない。銀メダルは、金メダルを目指してそれに力が及ばなかった人たちの残念賞だと思います。
世界一を目指そうと思うと、ロシアが出来る事が出来て当たり前、そしてロシアがしない事、まだ見ぬシンクロをして、挑戦状を突きつける事になるんです。世界中で見たことのないシンクロ演技をしなければいけません。
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